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知識や人脈は、口頭では引き継げない
中小製造業では、事業承継の波がじわじわと押し寄せています。工場の設備や経営の権利は目に見えるため「承継」をイメージしやすいですが、それだけでは足りません。先代が頭の中で育んできた「知やつながり」=「知的資産」が、見えないまま消えてしまうリスクがあるからです。
例えば、長年にわたって築いた顧客先との信頼関係、職人さんが何年も続けてきた微妙な感覚、仕入先との「慣れ」の関係など。これらはメモに書くだけでは伝わり切らず、口頭での引き継ぎでは必ず「欠け」が生じます。つまり、「聞いたつもり」でも、「実際には知っていたつもり」で終わってしまうことがあるのです。
ここで注目したいのが、ITやDXの考え方。難しく考える必要はありません。私たちが使うのは、見えない知識を「仕組み化」して残すための手段です。つまり、「ただの道具」ではなく、「知識を未来につなぐ仕組み」として捉えると楽になります。
本記事では、後継者の立場から「知的資産をどう引き継ぐか」に焦点を当てて、ITを活用する視点と、具体的に今日からできる行動をわかりやすく整理します。専門用語はなるべく控えて、取りかかりやすさを重視しています。
知的資産とは「社内に眠っている見えない力」
知的資産という言葉は少し堅いですが、実際にはどの会社にも存在している「見えない力」のことです。特に製造業では、この見えない力が長年の経験の中に蓄積され、会社の強みに深く関わっています。
まず大きな資産が、人脈や信用といった関係性です。
先代が築いてきた顧客との信頼、仕入先との距離感、困ったときに頼れる外部パートナーなど、関係性には温度があります。でも、名刺や取引履歴だけでは、その温度感までは引き継げません。人脈は、アトツギになるときにあちこち連れ回されることで引き継がれます。
次に、現場で働く人たちが持っている仕事のコツや勘どころ。
図面や仕様書があっても
✅「実際にこうすると仕上がりが安定する」
✅「この材料はクセがあるから注意」
といった、長年の経験から生まれる感覚はなかなか文字にできません。こうした暗黙の知識は、品質を左右する大事な武器です。
現場での修行がこの勘やコツの引き継ぎとなります。
そしてもう一つ重要なのが、経営者が持っている判断基準です。
これは決算書には載りませんが、経営のスピードと方向性を決める大切な軸です。
例えば先代は、こんな視点で日々の数字を見てきたかもしれません。
- どの数字を最も重視していたのか
- どんな状態になると危険信号と判断していたのか
- なぜそのタイミングで投資を決めていたのか
こうした判断の背景は、実はとても重要な知的資産です。しかし、多くの場合は頭の中にあり、誰にも共有されないままになっています。ここの引き継ぎは意図的に行われないことも多いです。
実はこうした「見えない財産」を企業価値として整理しようとする動きは、すでに国でも始まっています。
経済産業省が提唱する 知的資産経営報告書 では、財務指標だけでなく、人材・技術・顧客関係といった無形資産を体系的に整理することが重要だと明示されています。
つまり「知的資産を見える化し、戦略的に活用すること」は、経営の世界でもすでに欠かせない視点なのです。
参考:経済産業省「知的資産経営」
https://www.meti.go.jp/policy/intellectual_assets/index.html
このように、会社には決算書や資料に載らない「見えない財産」が多く眠っています。ですが、その多くが個人の記憶や感覚のまま留まってしまうと、どうしても属人化が進みます。そして人が抜けた瞬間に判断が止まったり、品質が落ちたりといったリスクが一気に高まってしまいます。
本来の承継とは、仕事を覚えることではなく、こうした見えない知識を共有できる形に変えていくことです。つまり、知的資産を「仕組み」にすることがゴールだと言ってもいいでしょう。
ITはそのための心強い味方です。
難しいツールを導入するというより、社内に眠っている見えない力を見える化し、必要な時にみんなが使える状態にするための手段として活用していく、そんなイメージがぴったりです。

後継者が最初にやるべき「知の可視化」
知的資産を承継するといっても、いきなり仕組み化するのは難しいものです。まず最初に取り組むべきなのは、今会社の中にある「知」を見える形にすることです。つまり、どこに何があって、誰が何を知っていて、どんな情報が判断材料になっているのかを洗い出す作業です。
このステップは、派手さはありませんが、とても大事な土台づくりです。見える化が進むほど、会社が今どう動いているかが一気に理解しやすくなります。
顧客・仕入先との関係性を「情報として整える」
名刺やメモ、過去の取引履歴などがバラバラに存在していると、後継者は関係性の深さが掴みづらくなります。
まずは、これらをデジタルで一つの場所にまとめるところから始めましょう。
✅ 名刺をスキャンしてデータ化
✅ 取引履歴を一覧化
✅ 「この会社とは何年付き合っているか」「どんな話をしてきたか」など記録する
こうすることで、単なる顧客管理ではなく、関係性そのものが見えるようになります。後継者にとっては大きな安心材料になりますし、社内でも情報を共有しやすくなります。
経営情報を「見える形」に整理する
次にやりたいのが、経営判断の根拠となっている情報の整理です。月次資料、利益構造、よくチェックしている指標、会議メモなど、経営に使われている情報を集めていきます。
特に、
✅ 先代がどの数字を重視していたのか
✅ どの指標を見て判断していたのか
✅ 何を危険信号としていたのか
こうした 「判断の軸」を把握できると、一気に経営の全体像がつかめます。
現場の情報も宝物。デジタル化で活用しやすくする
日報、作業標準、品質記録、月次会議の資料など、現場には日々の判断を支える情報がたくさん存在します。
紙のままでは「見返したいときに探せない」という悩みがつきまといますが、デジタル化すれば検索もしやすく、共有も簡単になります。
✅ 日報をデータにして検索できる形に
✅ 作業標準を更新しながら残せるように
✅ 品質記録を時系列で追えるように整理
これだけでも、現場での判断の精度がぐっと上がりますし、後継者が現場を理解するスピードも飛躍的に上がります。
「これは何のためにある?」と問いながら進める
知の可視化で最も大事なのは、ただ集めるだけで終わらないことです。
✅ これは誰が使う情報なのか
✅ どんな場面で役に立っているのか
✅ なぜこのルールは存在しているのか
こうした問いかけをしながら整理することで、情報が単なる「資料」ではなく、「使える知識」に変わります。
これは小さなことのようでいて、承継の質を大きく左右する視点です。
知的資産のIT利用のポイント
IT活用というと、どうしても「システムを導入すること」がゴールのように思えてしまいます。
しかし後継者にとっては、会社に蓄積されてきた知の価値をどう未来へつなぐかこそが本質です。
そのための視点は、とてもシンプル。
知的資産を 何を残すか → どう残すか → どう使うか の流れで整理することです。
何を残すか:経営を支える知を選び取る
会社には膨大な情報がありますが、そのすべてを残す必要はありません。
大切なのは、引き継がれなければ困る知識から整理すること。
例えば、先代の頭の中にある判断基準や、品質を守る職人の勘どころ。
「それがなぜ重要なのか」が理解できるだけで、後継者の判断スピードは大きく変わります。
知的資産とは、単なる情報ではなく会社の強さを支える「考え方や感覚」まで含むのです。
どう残すか:再現できる形へ落とし込む
残す価値のある知識が見えてきたら、次は再現性のある形にする段階です。
紙の資料や口頭伝承は、どうしても抜け漏れが発生します。
ITを活用し、必要なときにすぐ見つかるように整理していきます。
たとえば
✅ 情報の置き場所を一つに決める
✅ 手順やコツを写真・動画で記録する
✅ 会議資料や経営数字を統一フォーマットにする
といった小さな改善だけでも、知識の活用しやすさは一気に高まります。
どう使うか:知が循環する仕組みへ
「残しただけ」では資産は活きません。知識が日々の判断や改善につながる状態こそが理想です。
例えば、
現場のデータと経営数値を照らし合わせながら、「なぜこの数字になっているのか」を対話する。
そんな使われ方が増えると、知識はただの記録を超え、現場の力を引き出す道具になります。
いきなり全社導入しなくて構いません。
最初は日報や品質記録など、ひとつの業務だけでも良いのです。
「便利だ」「わかりやすい」「役に立つ」そんな声が現場に生まれた瞬間から、IT活用は前に進み始めます。
ITは、知識を奪う存在ではなく知識を守り、未来へつなぐ存在。
だからこそ後継者は、一歩ずつ「知が循環する仕組み」をつくることに集中すれば良いのです。

ITを味方につけるには、外部の手も活用する
中小製造業では、ITに詳しい担当者がいないのは当たり前。
だからこそ、後継者が全てを背負い込む必要はありません。
ITは専門幅が広く、調べるほど迷いやすい分野。
そこで頼れる存在が、外部のパートナーです。
外部を頼ることは、賢い経営判断
外部の支援を使うことで…
✅ 自社の現状が客観的に整理できる
✅ ツール選びの失敗を防げる
✅ 運用までスムーズに進めやすい
✅ 後継者が本業に集中できる
IT人材が社内にいない=弱点ではなく、
外部を活かしながら前に進めることが強みになります。
導入して終わりではなく、使える状態をつくる
IT導入で大切なのは、仕組みとして使い続けられること。
そのためには、ツール選びだけでなく、
✅ 現状の棚卸し
✅ 課題の整理
✅ 運用の定着
まで寄り添ってくれる外部支援が相性抜群です。
「ITおまかせアシスタント」は、中小製造業のIT専任不足に向けて、
✅ 現状の見える化
✅ 会社に合うツールの検討
✅ 導入後の運用フォロー
まで伴走するサービスです。
特定の製品に縛られず、知的資産の見える化・使える化を目的に支援してもらえる点も、後継者の課題とぴったりです。
外部を巻き込むだけで前に進みやすくなる
後継者が抱え込みすぎると、
- 判断が遅れる
- 現場との距離が生まれる
- 経営に集中できない
といった状態に…
でも、外部の力を上手に取り入れれば、会社が動きやすい環境が整い、改善が加速します。
つまり、ITを味方につけるというのは、ツール導入ではなく使える力を補うことなのです。

知的資産を活かす後継者の3つのIT活用習慣
知的資産の見える化や仕組みづくりが進んでくると、次に大切になるのは「それをどう使うか」です。後継者にとって、知識を集めることよりも、日々の経営で活かしていくことの方がずっと重要です。
そのために役立つのが、ここで紹介する3つの習慣です。どれも難しいものではなく、少し意識するだけで会社に流れる「知の循環」が大きく変わります。
経営と現場、両方のデータを見て判断する習慣
後継者がつい陥りがちなのが、経営の数字だけを見る、あるいは現場の声だけに寄ってしまう状態です。
でも、知的資産を活かすためには、この両方の「点」をつないで判断することが欠かせません。
✅ 月次の数字だけでなく、現場の日報や品質データも確認する
✅ 現場で起きている小さな変化を数字と照らし合わせる
✅ 「なぜこの数字になっているのか?」を現場と一緒に考える
データを「判断の材料」として自然に扱えるようになると、先代が持っていた感覚に近い視点が徐々に身についてきます。
ITを「記録装置」ではなく「知識を再利用する仕組み」として考える習慣
ITツールを入れると、どうしても「記録すること」が目的になりがちです。
でも本当の目的は、記録した情報を「未来の判断に使えるようにすること」です。
✅ 過去の記録から改善のヒントを探す
✅ 一度整理した情報を次の判断に活かす
✅ 業務の流れを、誰でもたどれる状態にする
こうした視点を持つだけで、ITが単なるストレージではなく、会社の強みを育てる「仕組み」に変わっていきます。
小さな改善から始め、周囲を巻き込みながら定着させる習慣
DXも仕組みづくりも、大きく構えてしまうと続きません。成功している会社ほど、実は「小さく始めて、じわじわ広げる」スタイルです。
✅ まずは1つの部署で試す
✅ うまくいったら周囲に共有する
✅ 反応が良ければ改善しながら広げていく
✅ 良い変化は積極的に社内で見える化する
周囲を巻き込みながら進めることで、IT導入や仕組みづくりが後継者の個人プロジェクトではなく「会社の取り組み」になります。これは承継を成功させるうえで、とても大きなポイントです💡
習慣が変わると、会社の「知の循環」が生まれる
この3つの習慣はどれも特別なスキルを必要としませんが、続けていくことで会社の中に「知識が自然に流れる状態」が生まれます。
後継者が知的資産を活かせるようになると、
現場も、管理部門も、そして経営も、同じ情報で会話できるようになります。
これは会社の強さにつながる、とても大きな力です。
まとめ:後継者の役割は「知の流れを止めないこと」
事業承継で本当に大切なのは、設備や権利よりも「見えない知的資産」を失わずに次の世代へつなぐことです。後継者の役割は、会社に蓄積されてきた知の流れを止めず、未来へ続く状態をつくることにあります。
ITはそのための手段であり、目的ではありません。
最新ツールを使うことより、
✅ 会社の大事な知識を見える化し
✅ みんなが使える形に整える
ことが何より重要です。
そして、すべてを一人で抱える必要はありません。
社内のメンバーや外部の支援をうまく頼りながら、少しずつ仕組みを整えていけば十分です。
小さな「見える化」から始めれば、会社の知識は自然と循環し、強い組織へと育っていきます。
未来をつくるのは、後継者のその一歩です。
まずは、「一人で抱え込まない仕組み」を持つことから始めてみませんか?
「ITおまかせアシスタント」では、貴社の状況に合わせて、無理のないスタートをご提案いたします。
ちょっとした不安、現状の整理、料金のことまで、どんなことでもお気軽にお尋ねください。